2020,04,26, Sunday
キラリ輝く部員のブログ
皆さん、おはようございます。報徳学園少林寺拳法部ホームページにお立ち寄り下さいましてありがとうございます。今日も「キラリ輝く部員のブログ」をお届けします。
高校1年生鍬田君は少林寺拳法の特徴について書きました。しかし、技の特徴では無く、考え方の特徴です。それでは、「キラリ輝く部員のブログ」、スタート!
タイトル 「力愛不二」
高校1年 鍬田由典
報徳学園に入学してすぐに休校となってしまい、少林寺拳法もできなくなったので僕はとても残念ですが、それと同時に早く練習をしたい気持ちで一杯です。
今回は、僕が少林寺拳法で大切にしている教えについて書きます。
少林寺拳法には六つの特徴という教えがあり、その一つに「力愛不二」というものがあります。
これは誰もが幸せに生活していくには愛と慈悲ばかりではなく、理智と力の両方が必要であるという意味です。いくら力が強くても、使い方を間違えれば単なる暴力になってしまうからです。また、優しい心だけあっても力がなければ困っている人を助けることができないからです。力強さと優しさの両方を調和させ行動することができる人が、本当に強い人だと思います。
僕はこれから、報徳学園少林寺拳法部で修練していく上で、演武などにおける力強さと困っている人を助ける優しさも、同時に鍛えていけるように日頃の生活の中でも、「力愛不二」の教えを忘れないように行動していきたいです。
「いくら力が強くても、使い方を間違えれば」という一言ですが、これはいつの世の中でも大切な事で、私が今、最も着目している点です。格闘技など、個人の持つ力から、軍事力に至るまで全ての力に関して、力が人類にとってプラスになるか、それともマイナス要素になるか、私は使い方の問題であると思います。使い方はつまり人間の考え方によって変わります。だからこそ「力愛不二」なのですね。
次に、高校2年生、久保君です。
タイトル 「本当の強さとは」
高校2年 久保翔太
この時期が一番部活動のしやすい季節ですが、できないのが残念に思います、しかし家では出来る限りの運動をして体力が落ちないように努力しています。
僕が少林寺拳法を習っていてよく言われる事があります、それは少林寺拳法を習っていたら喧嘩が強いなど、相手を倒せると言われる事です。少林寺拳法を習っている人はそう言われる事が多いと思います。しかし僕らは、けして喧嘩が強くなる為に習っているわけではありません。
少林寺拳法では「本当の強さ」という言葉を教科書で初めに習います。本当の強さとは相手を倒す強さではなく、鎮魂行の聖句の言葉にもありますが「己こそ己のよるべ」という、頼れる自分、生きる力やいつでも自分をよりどころにできる事が「本当の強さ」というものです。
喧嘩などが強くなりたい人は努力をすればそれなりの強さを手に入れる事ができます、それとは別に少林寺拳法では自分や自分の大切な人を守る事や、いやなことはいや、悪いことは悪い、とはっきり言える勇気と、それをやめさせることができるという強さを学ぶことができます。人にとって欠かせないものを知ることができるところが、少林寺拳法の良いところだと思います。例えば街中などで知らない人や、友達が間違えた事をする時もあると思います。そこで少林寺拳法を修行している僕たちがすぐに正しい判断をするという事です。
これからも少林寺拳法の目標としている「頼れる自分」になれるようにこれから練習に励みたいと思います。
少林寺拳法では、「頼れる自分作り」ができます。これを目標にこれからもしっかりと頑張って下さい。
みんな一生懸命にブログを書いて、良い文章になっています。しかしその陰には、もう一人の顧問大西清文先生の文章指導があります。部員の文章を読んで様々なアドバイスをして、部員はそれを基に書き直します。結構パワーを使っています。しかし、自分の考えを適切に表現し、他者に伝える能力はとても大切です。ホームページ作成を通じて私達がそういう能力を磨くことができればと思います。
今日も最後までお付き合い下さいましてありがとうございます。新型コロナウィル感染症がまだまだ拡大を続けております。くれぐれも健康にはお気をつけられ、今日も一日ご安全に!Have a nice day!
高校1年生鍬田君は少林寺拳法の特徴について書きました。しかし、技の特徴では無く、考え方の特徴です。それでは、「キラリ輝く部員のブログ」、スタート!
タイトル 「力愛不二」
高校1年 鍬田由典
報徳学園に入学してすぐに休校となってしまい、少林寺拳法もできなくなったので僕はとても残念ですが、それと同時に早く練習をしたい気持ちで一杯です。
今回は、僕が少林寺拳法で大切にしている教えについて書きます。
少林寺拳法には六つの特徴という教えがあり、その一つに「力愛不二」というものがあります。
これは誰もが幸せに生活していくには愛と慈悲ばかりではなく、理智と力の両方が必要であるという意味です。いくら力が強くても、使い方を間違えれば単なる暴力になってしまうからです。また、優しい心だけあっても力がなければ困っている人を助けることができないからです。力強さと優しさの両方を調和させ行動することができる人が、本当に強い人だと思います。
僕はこれから、報徳学園少林寺拳法部で修練していく上で、演武などにおける力強さと困っている人を助ける優しさも、同時に鍛えていけるように日頃の生活の中でも、「力愛不二」の教えを忘れないように行動していきたいです。
「いくら力が強くても、使い方を間違えれば」という一言ですが、これはいつの世の中でも大切な事で、私が今、最も着目している点です。格闘技など、個人の持つ力から、軍事力に至るまで全ての力に関して、力が人類にとってプラスになるか、それともマイナス要素になるか、私は使い方の問題であると思います。使い方はつまり人間の考え方によって変わります。だからこそ「力愛不二」なのですね。
次に、高校2年生、久保君です。
タイトル 「本当の強さとは」
高校2年 久保翔太
この時期が一番部活動のしやすい季節ですが、できないのが残念に思います、しかし家では出来る限りの運動をして体力が落ちないように努力しています。
僕が少林寺拳法を習っていてよく言われる事があります、それは少林寺拳法を習っていたら喧嘩が強いなど、相手を倒せると言われる事です。少林寺拳法を習っている人はそう言われる事が多いと思います。しかし僕らは、けして喧嘩が強くなる為に習っているわけではありません。
少林寺拳法では「本当の強さ」という言葉を教科書で初めに習います。本当の強さとは相手を倒す強さではなく、鎮魂行の聖句の言葉にもありますが「己こそ己のよるべ」という、頼れる自分、生きる力やいつでも自分をよりどころにできる事が「本当の強さ」というものです。
喧嘩などが強くなりたい人は努力をすればそれなりの強さを手に入れる事ができます、それとは別に少林寺拳法では自分や自分の大切な人を守る事や、いやなことはいや、悪いことは悪い、とはっきり言える勇気と、それをやめさせることができるという強さを学ぶことができます。人にとって欠かせないものを知ることができるところが、少林寺拳法の良いところだと思います。例えば街中などで知らない人や、友達が間違えた事をする時もあると思います。そこで少林寺拳法を修行している僕たちがすぐに正しい判断をするという事です。
これからも少林寺拳法の目標としている「頼れる自分」になれるようにこれから練習に励みたいと思います。
少林寺拳法では、「頼れる自分作り」ができます。これを目標にこれからもしっかりと頑張って下さい。
みんな一生懸命にブログを書いて、良い文章になっています。しかしその陰には、もう一人の顧問大西清文先生の文章指導があります。部員の文章を読んで様々なアドバイスをして、部員はそれを基に書き直します。結構パワーを使っています。しかし、自分の考えを適切に表現し、他者に伝える能力はとても大切です。ホームページ作成を通じて私達がそういう能力を磨くことができればと思います。
今日も最後までお付き合い下さいましてありがとうございます。新型コロナウィル感染症がまだまだ拡大を続けております。くれぐれも健康にはお気をつけられ、今日も一日ご安全に!Have a nice day!
| キラリ輝く部員のブログ | 05:58 AM |